2012/09/23

ハビタランドスケープ第三回「生物多様性フラクタル都市・京都 」



「ソトコト」10月号にて、連載ハビタランドスケープ第三回、掲載中です。

生物多様性フラクタル都市・京都
東山・京都

絶滅危惧種のタナゴが生き延び、ホタルが舞う京都。実は明治期に土木インフラとして建設された疎水が、その生息環境を育むのに一役買っていた。自然を身近に引き寄せる「縮景」が時代を超えて生き続ける都市のデザイン原理とは?ジオトリップ第3弾。


平安神宮に生き延びるタナゴ

隅々まで白砂が敷き詰められた境内は、朱色の円柱が立ち並ぶ神門と本殿に囲まれ、修学旅行生や外国人旅行者が行き交う。ここ平安神宮はおよそ120年前に創建されたのだが、整然とした建築群をぐるりと取り囲む形で「神苑」と呼ばれる池泉回遊式庭園が広がっている。その大きさは約一万坪程もあり、神苑への入口をくぐり、少しくぼんだ地形を下ると、瀬がある。苔むした岩岸と白い砂の底のあいだを澄んだ水がさらさらと流れていく。水の中を素早く動く魚影がある。タナゴだ。ここ神苑には、絶滅危惧種に指定されているイチモンジタナゴが生息している。神苑の池や瀬には疎水から水が引かれている。この疎水は平安神宮建造と同じく明治20年代に琵琶湖から引かれたものだ。疎水の流れに乗って、琵琶湖の魚や生き物たちもたくさんここに流れ着いた。その後、琵琶湖の水質が悪化するに伴い、イチモンジタナゴなどの多くのタナゴ類は琵琶湖では姿を消し、絶滅危惧種となった。ところがどっこい、ここ平安神宮で生き延びていたというわけだ。
神官さんの話によると疎水から流入するアオコを防ぐために数十年前に防護ネットを取水口に張った。ちょうどその頃、琵琶湖ではブルーギル等の侵略性外来種が猛威を振るい出したが、ネットによって侵入が拒まれ、獲物であるタナゴたちは数多くある京都の庭泉の中で、唯一生き延びることができたということだ。まさに神計らいと言う他ない。イチモンジタナゴが生息するためには、卵を産み付けるためのドブガイ、さらにドブガイの幼生が寄生して育つためのヨシノボリという小魚など、様々な生き物がセットで生きている必要がある。ここは、かつての琵琶湖の生態系のレフュージ(避難場所)なのである。
瀬の流れに沿って進むと、樹林に囲まれた密かやな池に出る。自然石によって入り組んだ岸、こんもりと松が茂る島、浅瀬に植えられた花菖蒲や、深みに浮かぶ睡蓮などが目に入る。実は、様々な生き物が生き続けることができた理由は、日本庭園のこの形状の複雑さにある。凸凹の石の護岸、浅瀬、深み、流速の早い瀬、まどろむ池など、様々な形状が生み出すそれぞれのニッチな環境に、生き物が棲み分け生きている。日本庭園のデザイン思想として、部分と全体が相似関係にあるという「フラクタル性」が挙げられる。ランドスケープを専門をする森本幸裕京大教授によると、ふつう等高線の形状には10mのオーダーでフラクタル性が見られる。一方、日本庭園では、10cmほどのオーダーでフラクタル形態が出現する(*1)。それは伝統的な言葉で言えば「縮景」ということであり、多様な生き物のハビタットは自然を縮景する「わざ」によって支えられていたのだ。・・・


(*1)参考文献:森本幸裕、夏原由博著『いのちの森生物親和都市の理論と実践』


続きはソトコト10月号にて。