2014/01/11

ハビタ・ランドスケープ#019 小泉・宮城県 原稿

ハビタランドスケープ「生命と社会基盤」小泉・宮城県 



震災から再生し始めた南三陸の海のまちに、巨大な防潮堤計画が知らされた。
地域の人びとと共に、自然の「リスクと恵み」と共存するすべをさぐる。


縄文の海
あたりの山の辺からいくつも霧の煙が上がっている。八雲立つ、神話の風景を連想させる。
目の前には、雲を映した干潟が広がっている。その先には白波を立てた海が見える。引き潮が流れ始め、砂底に波紋がトレースされていく。
白いハットによく日焼けをした肌、白長靴の男性が浅瀬に屈んで、砂をかき分けている。77歳の漁師・及川慶一さんだ。砂地から掬いあげた、ごつごつと節くれた手のひらには、色とりどりのアサリが載っていた。
「でかいですね」
「これは二年ものだね」
「震災の後に生まれたんですか?」
「そうだね」
「どのへんにアサリはいるのですか?」
「ちょうどこういう砂地に潮が流れこむところにたくさんいるよ」
次から次に面白いようにざくざくとアサリが取れる。彼の手はマジックハンドのようだ。
モクズガニだろうか。蟹もいる。
「蟹もこのへんの人は煮て食べるんだよ。鍋の中に白身が浮かぶので『ふわっふわっ』と言う料理なの」
たくさんの海鳥が上空を舞っている。干潟の餌を食べにきたのだ。
慶一さんはウナギを仕掛けに、竹筒を持って深みに歩き出す。
「いろいろな生き物が戻ってきているから、確かめてみないとね」





2011311日、東日本大震災で発生した津波が押し寄せるまでは、この干潟は農地だった。
干潟は、宮城県気仙沼市の南端に位置する小泉という地区にある。小泉は、岩手県一関市を水源とする津谷川の河口域に位置し、車でおよそ数分で横切れる程の沖積平野を持つ。平野は山に囲まれ、海岸には砂浜が広がっている。リアスの狭い谷が入り組む三陸沿岸では、比較的珍しい地形だ。
小泉では、地震の影響による地殻変動で陸地が沈下し、震災後も最大200mにわたって海岸が後退したままになっている。現在の津谷川の河口域には、滞水した湿地が広がっている。湿地はただの水たまりではない。漁師の慶一さんが言うように、アサリ、カキ、ハゼ、湿生植物、そして水鳥など様々な汽水域の生き物たちが棲み着いている。農地だった空間に、新たなウエットランドの生態系が出現しているのだ。

河口域を囲む丘陵には、津波が押し寄せた浸水ラインぎりぎりに、いくつかの神社の社が流されずに残されているのが印象的だ。まるで、ここから下は津波が襲うエリアであることを、あらかじめ予知していたかのようだった。神社の丘に囲まれた湿地帯。その風景は、縄文時代の海と川がまじりあう氾濫原の姿が、そのままよみがえったかのようだった。


続きはソトコト2月号で
写真:渋谷健太郎